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11/29/2008    
「その5」で紹介する動画を全部見直してメモも作り終わったので、前回の続きのようなものを少し。「その5」は予備日の明日にアップロードするつもり。

さて、前回の記事に関連して事故米Pがブログでゆってたのは、カギカッコと句読点の話。

以下引用

> 「人は何故、パンツを取り合うのだろう。」
> 「人は何故、パンツを取り合うのだろう」
> これだと、下が正しいらしいのですが、自分はどうも納得がいかないんです。
> 自分の記憶が正しければ、小学生の時に上の形式で習ったはず。
> それもあって、会話文の最後に句点を付けないのにはどうしても違和感が。

とのこと。

コメントにも書いたが、どちらでも間違ってはいないっぽい。学校教育では前者(句点を使う方)を教えているのも事実。

自分は後者を使っていて、なぜかというと、文字数を句点にとられるのがイヤだから。いわゆるメッセージウィンドウを使うとどうしても文字数に制限がつくわけで、その貴重な一文字分を句点にとられるのはイヤだなあ、と。まあ、それに限らずうるさい感じがするので使っていないのだけれど。

さて、ここまではコピペ的な何かだとして、文字数に関連していえば、文中に「P」を「プロデューサー」の意味で使うのはどうなのだろうか。

もちろん、各人の考えがあるのは当然で、何が正しいとはいえないのだけれど、自分は少し違和感がある。たとえば…

*「小鳥さんのPになりたい!」

っていうのは、何だかちょっとイヤだ。

*「小鳥さんのプロデューサーになりたい!」

のほうがしっくりくる。

おそらく、「P」という文字がくると「ピー」と読んでしまうから違和感が生じるように思えるのだが…。もっとも、「プロデューサー」って言葉は文字数食うからアレなんだよなあ。それでも「プロデューサー」って書くけど。もしくは上記の場合だったら、

*「小鳥さんをプロデュースしたい!」

みたく、がんばって文字数を削るとか。


自分はこんなことばっかり考えて内容を考え忘れる愚か者です。ぷっくぷくぷー。おちんちんびろーん。
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